明石・魚の棚(うおんたな)と宮本武蔵・・!!・明石鯛・たこ焼き・・etc.

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明石駅(JR)から4〜5分南へ歩くと、明石の、うおんたな(魚の棚)商店街がある。


(うおんたな)と言う言葉は「活気」があって「勢い」があると言うことで当時の漁師とか商人(あきんど)たちが好んで使ったと言われている。


 しかし私は発音が、し易いのも一つの原因ではないかと思っています。  一度発音してみて下さい。  「魚の棚」 「うおんたな」 ・・・「魚の棚」の「の」が引っかかる・・・(独断・・私見 !?)




 明石鯛・蛸・たこ焼きなどでも有名である。   休日などは「たこ焼き屋」の店の前にはズラリと行列が出来て順番待ちをしている。


 
 
 

 

 
 

たこ焼きは焼きたてが美味しいのでお店ではお客さんの顔を見てから焼き始める。
しかし、たこ焼きはそんなにサッと早く焼けない。  


 
 焼いている人も待っている人も「焼キモキ・・!?」しながら焼き上がるのをまっている。   そして、行列は時間と共にますます長くなるのです。


 
         。。。。。。。。。。。。



 この魚の棚商店街を造った元祖はなんと、あの有名な剣豪・宮本武蔵なのである。
ええっ・・何で又剣豪が・・と誰もが思います。

 

 元和4年(1618)、今から約390年前に明石城の工事と同時に城下町の町割り(今で言う都市計画)が進められた。
 

 初代明石城主の小笠原忠政の命のもと都市計画の設計をしたのが宮本武蔵である。



 剣ばかりでなく、戦略家でもあった武蔵は、軍略的な面からまた権威の象徴として町割りを行いました。


  以来、400年近く「魚の棚」商店街は続き現代に至っている。



 剣豪である宮本武蔵は又(絵画・書)にも通じ「都市計画」にみる「理系」と「絵画・書」にみる「文系」の両サイドの面を持ち合わせていた俊才でもあった。



  すごい人だったのですネ・・・宮本武蔵は・・・!!

seagull88 at 14:54 │clip!明石魚の棚  | 鮮魚